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 ■中・後脚の脛節が異形  チョウセングンバイトンボ  Platycnemis phyllopoda   【モノサシトンボ科】
チョウセングンバイトンボはモノサシトンボ科グンバイトンボ属(Platycnemis)に分類されています。日本においてPlatycnemis属のトンボは,グンバイトンボ P.sasakiiとアマゴイルリトンボ p.echigoanaの2種が生息しています。
本種は国外では中国,朝鮮半島から知られる大陸系のトンボですが,近似種のグンバイトンボは対馬から記録がありません。
※註1

発見の経緯
2021年7月下旬,私と虫友のK氏は甲虫調査のため対馬市上県町を訪れていました。この時,先着したK氏がグンバイトンボと思われる♂を採集していました。そこで周辺を調べてみると日陰気味で木漏れ日が差す道路沿いを緩やかに飛翔する複数の♂個体を確認することができました。多くの♂とともに少数の♀も見られましたが,その♀個体の中に脚と頭部背面が赤い個体が混じっていました。

その個体に違和感を持ったので,生態写真と共に頭部及び腹部末端を含んだ標本画像を尾園暁氏(写真家・ネイチャーガイド 日本のトンボ著者)へ送り見解を求めました。尾園氏は二橋亮氏(産業技術総合研究所)と形態の精査およびDNA解析を行い,日本では未記録のチョウセングンバイトンボであることを確認しました。
詳しいことは,下記の報文に報告しました。

尾園・二橋・境・日下部(2022) 日本初記録のチョウセングンバイトンボを対馬で発見 月刊むし(613):2-7
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 小雨の中,休止する♂ 中脚・後脚附節が白色なのがよくわかる  2021.08.18  上県町
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 休止する♀ ♀の中脚・後脚脛節は軍配状にならない   2021.08.18  上県町

  
▲チョウセングンバイトンボ 葉上で休む♂  2021.07.26  上県町 ▲チョウセングンバイトンボ 葉上で休む♀  2021.07.26  上県町

▲チョウセングンバイトンボ 葉上で休む♂   2021.08.26 上県町 ▲チョウセングンバイトンボ 葉上で休む♀  2021.09.04  上対馬町

▲チョウセングンバイトンボ ♂の胸部側面 2021.08.26 上県町 ▲チョウセングンバイトンボ ♀の胸部側面 2021.08.26 上県町

▲チョウセングンバイトンボ ♂の頭胸部背面 2021.08.26 上県町 ▲チョウセングンバイトンボ ♀の頭胸部背面 2021.08.26 上県町


 頭部背面
▲チョウセングンバイトンボ ♂の頭部背面 2021.08.04 上県町産 ▲チョウセングンバイトンボ ♀の頭胸部背面 2021.08.26 上県町産


 腹部先端
▲チョウセングンバイトンボ ♂の腹部先端 2021.08.07 上県町産 ▲チョウセングンバイトンボ ♀の腹部先端 2021.08.04 上県町産


チョウセングンバイトンボ♀の腹部先端から排出される卵
チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 ♀腹部先端 対馬市上県町産



  発生地(生息環境)
現在まで確認できた発生地は上県町(2カ所),上対馬町(3カ所)の5カ所です。いずれも谷筋を流れる細い渓流および樹林に囲まれた止水域でした。本種の他にシオカラトンボ(多数)とクロイトトンボ(少数)を確認しています。
上県町 Kamiagata-machi 上対馬町  Kamitsushima-machi
▲チョウセングンバイトンボ 上県町の発生地 ▲チョウセングンバイトンボ 上対馬町の発生地



  交尾
交尾個体は発生地からやや離れた場所でよく見られました。
羽化後,いったん発生地から離れ,ある程度成熟した後で交尾するのかもしれません。交尾個体もなかなか敏感で撮影するのに苦労しました。
 
▲チョウセングンバイトンボの交尾 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.28 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボの交尾 2021.08.26 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボの交尾 2021.08.28 対馬市上対馬町



  連結産卵
産卵は常に連結した状態で行われ,単独で産卵している個体は見ることができませんでした。
水草らしき植物は全く生えていない環境の中で,卵は細い流木または木屑の組織内に産み付けられていると思われますが確認はできていません。産み落とされている可能性もあるのでしょうか?

発生期について

・初見日(発見日)の7月下旬(26日)にはすでに多くの個体が見られた。
・8月はいずれの発生地においても多くの個体数が見られた。
・9月に入ると明らかに個体数が減り始め,中旬を過ぎると全く見られなくなった発生地が出てきた。
 1 2021年9月22日 対馬市上対馬町 2♂1♀ 1♂目撃 この他には姿なし(終見記録)
 2 2021年9月22日 対馬市上県町 確認できず

このことから,発生の初期は未確認ですが7月〜8月が本種発生の最盛期ではないかと推測されます。
▲チョウセングンバイトンボの連結産卵 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの連結産卵 2021.08.4 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボの連結産卵 2021.08.7 対馬市上県町


▲チョウセングンバイトンボの連結産卵 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.07 対馬市上県町



  幼虫(ヤゴ)
水網で採集して撮影しました。尾鰓はグンバイトンボのように幅広くはないようです。
チョウセングンバイトンボの幼虫 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.07 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボ幼虫 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.07 対馬市上対馬町産 ※室内撮影

▲チョウセングンバイトンボの幼虫 2021.08.04 対馬市上対馬町 ▲チョウセングンバイトンボの幼虫 2021.08.07 対馬市上対馬町



  天敵
クモの巣に捕らえられた♂を見ました。
その他の天敵としては,飛翔中の成虫をキイロスズメバチとアシナガバチの一種が♂個体を狩ろうとする行動を何度も見ましたが,実際に捕獲する瞬間には出会えませんでした。 
チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 クモの巣に捕らえられた♂ 2021.08.04 対馬市上対馬町



  チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926  2021.07.27 対馬市上県町産


大きさについて
大陸,特に朝鮮半島南部の個体群と比べて有位な差がないのか気になるところです。
体長を同属のグンバイトンボと比較するとグンバイトンボの最小値と本種の最大値がほぼ同じですから,グンバイトンボよりかなり小さい種ということが分かります。
 対馬産チョウセングンバイトンボ 対馬市上県町産
全長 腹長 後翅長
    30〜36mm   24〜30mm   15~19mm 
 31~37mm   25~29mm   17~21mm 



  DNA解析  作成:産業技術総合研究所:二橋亮氏提供
▲チョウセングンバイトンボのDNA解析 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 対馬市上県町産の個体を使用









 資料画像・映像
▲脚や頭部背面が赤味を帯びるテネラルな♀ 2021.07.26 対馬市上県町 ▲脚や頭部背面が赤味を帯びるテネラルな♀ 2021.07.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボのテネラルな♀個体 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.07.26 対馬市上県町産

チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 休止する♂ 2021.07.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ 休止する♂ 2021.07.26 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボ 休止する♂ 2021.07.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの頭部背面・腹部先端 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.07.27 対馬市上県町産

▲チョウセングンバイトンボの幼虫 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの幼虫 2021.08.04 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボの幼虫 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの産卵 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの連結個体 2021.08.04 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボの産卵 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボの腹部先端 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.04 対馬市上県町産

チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 羽化直後と思われる♂ 2021.08.07 対馬市上県町

チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 羽化直後と思われる♀ 2021.08.07 対馬市上県町

▲羽化直後と思われる♀ 2021.08.07 対馬市上県町 ▲羽化直後と思われる♀ 2021.08.07 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ♂ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.04 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ♂ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.26 対馬市上県町

▲食事中のチョウセングンバイトンボ♀のテネラルな個体 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ♀ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.26 対馬市上県町産

▲チョウセングンバイトンボ ♀の頭胸部背面 2021.08.26 対馬市上県町 ▲チョウセングンバイトンボ ♀の頭胸部背面 2021.08.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ♀ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926  2021.08.26 対馬市上県町

▲チョウセングンバイトンボ 枯れ草で休む♂ 21.08.28 対馬市上対馬町 ▲チョウセングンバイトンボ 葉上で休む♂ 21.08.28 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボ♂ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.28 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボの交尾 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.28 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボの交尾 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.08.28 対馬市上対馬町

▲チョウセングンバイトンボ♀ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2021.09.04 対馬市上対馬町

 
     
▲チョウセングンバイトンボの幼虫 Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.08.03 対馬市上県町
 
   
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.08.02 対馬市上対馬町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.08.02 対馬市上対馬町   ▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.08.03 対馬市上県町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.07.22 対馬市上県町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.07.22 対馬市上県町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.06.23 対馬市上対馬町 
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.06.23 対馬市上対馬町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.06.16 対馬市上対馬町 左:テネラルな♂
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.06.16 対馬市上対馬町
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2023.06.16 対馬市上対馬町 ※テネラルな♀
 
   
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.06.02 対馬市上対馬町    ▲チョウセングンバイトンボ♂後脚脛節 2021.09.04 対馬市上対馬町産 
 
   
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.31 対馬市上対馬町
 
   
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.17 対馬市上県町
 
▲チョウセングンバイトンボ Platycnemis phyllopoda Djakonov, 1926 2022.05.17 対馬市上県町
     
     
     
     
     
     




謝辞
日頃より対馬の昆虫探索に同行いただいている日下部満氏,同定の労をとっていただいた昆虫写真家の尾園暁氏,DNAを解析いただくとともに本種の分布等についてご教示いただいた二橋亮氏に厚くお礼申し上げます。



※註1
数年前(正確な年はメーラーのデータ消失したため失念),メールで対馬市峰町のとある屋内で捕獲されたというグンバイトンボと思われる写真が送られて来ましたが,本種であった可能性が考えられます。グンバイトンボ自体が対馬未記録種であったので然るべきところへ報告するよう返答しましたが,その後どのように取り扱われたかは把握していません。